2022年7月のある日

気がつけば7月。旅先で「安倍元首相 心肺停止」のネットニュースの記事を見て のんきにホットドッグを貪っていた私は3回声を出して大いに驚いた。世界を揺るがす程のテロ事件が日本で白昼堂々行われた。なんだかザワザワした気持ちのまま空港に向かうとTV局クルー達が急遽東京へ向かう自民党議員さんにインタビューを撮る準備をしてた。空港も日常を装いながらも騒然としていた。

現首相が言った。「これは民主主義に対する冒涜であり挑戦である 絶対に許せない」捕まってる犯人に向けてのメッセージなのか、犯人の背後で糸をひく組織に対して言い放った言葉なのか 単独犯なのか 組織ぐるみなのか 僕ら素人には到底理解できない世界。東京から婦人が病院に着いた数分後「死亡」が発表された。最後にひと目逢える時を待っていたのか まわりのみんなが待たせてくれていたのか。悲しい出来事の中で唯一「ジワッ」と来る話だった。

突然の死と言えば、うちの父も突然逝った。30年前に今日のこのザワザワ感を味わった事を思い出した。どんなに健康に気をつけていても死ぬときは死ぬ。うちの父と母はずっと仕事していたから「夫婦での時間」というのはあまりなかったんじゃないかな。きっと悔いも多かっただろうなと思う。

そういう姿を見てきたからか私は常に夫婦二人で行動している。どこに行くにも二人で行く。どんどん旅にでる。世界の同じ景色を同じ時に見る。沖縄でのウェディングフォトの撮影も夫婦二人でやる。そうやって十数年。サラリーマンじゃ無いから出来ること。出来るならトコトンやる。

時間も未来も夢も生活も何もかもを共有すると、相手に対してそれ以上でもそれ以下でも無くなる。常に対等だ。「もっと旅行に連れて行ってやりたかった」とか「もっと・・・」が今のところ全くない。我が人生に悔いは無し。

もしも突然やってきても「楽しかったね」そう言える終わりでありたい。
あのとき 婦人もそう言えたかな。

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次
閉じる